津田白印 新春山水

掛軸の大きさ:たて142.3cm横52.8cm

¥33,000

津田白印画伯は時に「吸江山人(きゅうこうさんじん)」と云う雅号を用いました。

津田白印が仏門に従事し、私費に依り岡山県下で初めての育児院(孤児院)を寺(浄真寺)境内に開設した岡山県笠岡市は瀬戸内海に面しています。

白印師は此の地で画業に依り集まる浄財を持って育児院を運営しました。

笠岡へは古より瀬戸内航路の汐待ち港として多くの舩が入って来ました。そのようなことから笠岡の港を別名で「吸江」と呼びます。

この作品は、作品に添える箱書の確認できる最晩年「八十三翁」と記しています。

「暦日」月が改まる日 つまり晩年の新春に描いたものと推測出来ます。

「此の地に人家は暦日に無し
 梅の花は遥かに開く是(これ)新春 吸江山人」


田能村竹田を彷彿する筆数の豊富な細密画です。